【長崎県】トルコライスの発祥の地と誕生秘話

日本発祥のもの

トルコライス

発祥の地

長崎県長崎市

発祥期

1950年代

考案者

植原一郎

トルコライスの起源

「トルコライス」はトルコ料理ではありません。
「トルコ」と名がついていますが、ポークカツがメニューに入っているトルコライスは、豚肉を食することを禁ずる(イスラム教徒が多い)この地域(トルコ)から発祥したとは考えにくい食べ物だと言われています。さらに、トルコでは同じプレートに炭水化物とおかずを盛り付ける習慣もないそうです。

トルコライスは、旅行誌の掲載やテレビなどのメディアに多く紹介される長崎県発祥のご当地グルメです。
長崎ではご当地グルメとして、長崎ちゃんぽんに次ぐメジャーな食べ物。トルコライスは長崎で1950年代に誕生したと言われていますが、残念ながらトルコライスの誕生した経緯も名前の由来も諸説あり、確かなことは分かっていません。

トルコライスの起源・名前の由来については、以下の説があります。

■「ピラフ」の語源はトルコ料理の「ピラウ」です。
ピラウは、米をつかうトルコ料理(ピラウ)として広く名が知られています。ピラフをベースに、ナポリタンやポークカツを付け合わせ、今の形になったというトルコ起源料理説。

■フレンチの名店として知られている長崎「ビストロ・ボルドー」の初代シェフ植原一郎が、トルコのピラウをサフランの代わりにカレー粉を使用して、似せた料理「トルコ風ライス」を考案します。
ピラウに豚カツやスパゲッティを盛りつけ、今の形になったトルコ風ライスがトルコライスの原型のルーツ説。

■さらに、長崎市内にあったとされる「レストラン トルコ」には、現在のトルコライスに似たメニューが存在していたといわれるレストラントルコ説。

■ピラフ(黄色いサフランライス)はインド料理、スパゲッティはイタリア料理を指し、ポークカツがふたつの料理の架け橋になるという解釈から、二国(インドとイタリア)の間に位置するトルコの名を冠したというトルコ架け橋説。

■ピラフ・スパゲッティ・ポークカツの3つの料理と、3つの色を意味する「トリコロールカラー」になぞられて「トリコロール・ライス」と呼称されていたのが転じて「トルコ」になったと言われるトリコロール説。

■明治時代の著名人・福澤諭吉が創刊した新聞『時事新報』の連載料理コーナーに「土耳古(トルコ)めし」のレシピが登場・掲載されました。
土耳古めしは、鶏肉または牛肉のスープで炊き込んだバターライスで、のちにポークカツとスパゲッティが追加され、現在のトルコライスになったと言われる土耳古めし説。

上記以外の説には、昭和中期のトルコライスが誕生した当時、神戸港にトルコ海軍の入港やトルコを題材にした音楽(江利チエミ氏の“ウスクダラ”など)の流行など、「トルコ」と名付けるのが流行っていたので、トルコライスが誕生したトルコブーム説。

長崎に数あるトルコライスの有名店・人気店の中では、長崎市の思案橋にある喫茶店「ツル茶ん」も、“トルコライス元祖の店”として紹介されることがあります。同店主が「元祖ではない」と否定していますが、大正14年創業の老舗・ツル茶んは、トルコライスを提供する店としては最古と言えるかもしれません。

最も有力な説としては、ビストロ・ボルドーの植原一郎氏の考案した、トルコ風ライスがトルコライスの発祥説があります。現在のシェフ・植原 一氏(西洋料理マイスター、厚生労働大臣表彰等、数々の賞を受賞)は、70数年前にトルコライスを考案したと言われている父・植原一郎氏より受け継いだトルコライスを独自の調理方法で提供しています。

ピラフ、パスタ、とんかつがワンプレートでまとめて食べられるトルコライスは、迫力満点で大人用のお子様ランチ、見た目にも楽しい料理です。

トルコライスの発祥の地マップ

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