【愛媛県】じゃこ天の発祥の地と誕生秘話

日本発祥のもの

じゃこ天

発祥の地

愛媛県の宇和島

発祥期

1615年(元和元年)

考案者

宇和島藩初代藩主・伊達秀宗

じゃこ天の起源

「じゃこ天」の起源は、1615年(元和元年)に宇和島藩初代藩主・伊達 秀宗(だて ひでむね)が、故郷を偲んで仙台から職人を連れてきて生産をさせたことが、和島藩史に書かれていますじゃこ天とは、宇和海(うわかい)の小魚を骨ごと、皮付きのまますり身にして油で揚げたもので、愛媛県・宇和島地方の郷土料理です。

宇和海から豊富な魚がとれる八幡浜市や宇和島市では、魚のすり身の揚げ物を「天ぷら」と呼び、じゃこ天のように皮や骨ごと入ったものを「皮てんぷら」と呼んでいました。

じゃこ天の名前の由来は、いろいろな種類の魚(雑魚)を原料とすることから「ざこ天」と呼ばれ、それがいつからか「じゃこ天」になった説や、原料のホタルジャコ(ハランボ)の名前が「じゃこ天」と呼ばれるようになった説があります。

じゃこ天の主原料のハランボは、手のひらより小さいくらいの繊細な魚です。宇和海では重要な水産資源として古くからハランボが漁獲されていますが、地元以外ではなかなか出回らない幻の魚で、腹に発酵微生物を共生させて光り輝くことからホタルジャコとも呼ばれています。

ちなみに愛媛県の西側に広がる宇和海は、太平洋から黒潮が流れ込むため栄養素やミネラルが豊富です。黒潮の流れによって常に浄化された海は、魚にとって恵まれた環境であり、魚の宝庫ともいわれ約千種類の魚が住んでいます。高級養殖魚のマハタやマダイの生産は日本一であり「宇和島鯛めし」も、愛媛県宇和島市の郷土料理として有名です。

じゃこ天は、愛媛県民なら知らない人はいないほど有名で、時期は問わず、年間を通してご飯のおかずや、酒の肴として食されます。一般的な天ぷらのように衣を付けて揚げるのではなく、魚の頭や内臓、うろこなどを取り除き骨ごとすり潰したすり身を平べったい小判型に成型し、そのまま揚げるのがじゃこ天です。

じゃこ天に使う小魚は、ホタルジャコ(南予地域ではらんぼとも呼ばれる)が主で、他にはアジやタチウオ、ヒイラギ、ムツ、エソ、ヒメジ、小アジなども使われます。小魚のうま味が凝縮された豊かな風味が特徴で、さらにカルシウム・DHA・EPAが豊富で健康にも良いのがポイントです。

じゃこ天は食べ方のバリエーションも多く、揚げたてをそのまま食べる、付け合せに醤油を落とした大根おろしや、しょうがと食べる、うどんの具にする、すり身のじゃこ天にパン粉を付けて油で揚げ、「じゃこ天カツ」にすることもあります。

宇和島市のおでんには必ずといっていいほど、じゃこ天が入っています。また、肉の代わりにじゃこ天を使った天ぷらカレーは、じゃこ天産地の家庭料理として定番です。

じゃこ天はもともと日持ちするものではなく、あくまで宇和島周辺の郷土食として、特に宇和島市や八幡浜市での製造です。美味しさから全国的に有名になり、認知度のあるじゃこ天ですが、地元のスーパー以外では市販されておらず、地元に行かなくては味わえませんでした。しかし、保存や流通の技術が上がり日持ちもするようになったことで、全国区の食べ物になりました。

愛媛のじゃこ天のほとんどは、店舗の数から見ても8〜9割が宇和島市と八幡浜市の製造です。宇和海がそばにあり漁業が盛んなどちらの地域も新鮮な原材料を使って、すぐにじゃこ天を作ることができます。宇和島産はどちらかといえば魚の風味や塩気が引き立ち、すり身が粗めな小骨の食感が強めなのが特徴。八幡浜産は、薄味で柔らかく小骨の食感少なめです。
2大聖地のじゃこ天を食べ比べられるのは、お取り寄せの醍醐味です。お取り寄せグルメの通販サイト(楽天・Amazonなど)で検索してみてください。また、宇和島市と八幡浜市の老舗の蒲鉾店も通販対応しています。

じゃこ天の発祥の地マップ

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