【東京都】油そばの発祥の地と誕生秘話

日本発祥のもの

油そば

発祥の地

東京都多摩地区(国立市、武蔵野市)

発祥期

1950年代(昭和30年代)

考案者

三幸、珍々亭

油そばの起源

油そばは、1950年代(昭和30年代)に、多摩地区で生まれました。
そのはじまりとされる店舗は国立市の「三幸」とする説と、武蔵野市の「珍々亭」とする説があります。

1952年(昭和27年)オープンの「三幸」は居酒屋で、酒の肴や〆に食べられるものとして出したのが油そばのはじまりといわれています。
一橋大学そばにあるお店で、学生にも人気のメニューでした。1954年(昭和29年)オープンの「珍々亭」は中国の拌麺(ばんめん)を賄いで食べていたのをヒントにしたといわれています。亜細亜大学のそばにあり、こちらも学生に人気だったといわれています。

油そばは他のメニューに比べて安価で、ボリュームもあり、酢やラー油、こしょう、ニンニクなどで自分好みの味にできます。
また、チャーシュー、メンマ、コーン、ねぎ、のり、魚粉、生卵などトッピングも楽しむことができます。
地方から進学してきた学生は「スープのないラーメンっておいしいのか」と最初は思っても、すぐにやみつきになっていたとか。
安くてボリュームもあり飽きない味と、地域の人からだけでなく学生たちからも支持されていたのです。

1995年(平成7年)には、吉祥寺に味の民芸フードサービス(日清食品グループ)が運営する「らーめん専門店ぶぶか」がオープンします。
珍々亭の油そばに魅了され、社内ベンチャーとして立ち上げられた店舗でした。
メニューは醤油豚骨ラーメン・油そば・ライスのみで、油そばはスープがないことに驚かれ、オープン当初はあまり人気がなかったようです。
しかし、1998年(平成10年)に日経新聞に掲載されたことがきっかけでテレビなどに取り上げられる機会が増えると、油そばは一気に全国区となりました。
オリジナルで調味料を工夫するなど個性的なお店も登場し、なかでも2007年(平成19年)埼玉県にオープンした「ジャンクガレッジ」の「まぜそば」は、それまでの油そばにはない独創的なもので、トッピングも鰹節や、背脂、ベビースターラーメン、チーズ、エビマヨなどありました。

2008年(平成20年)には、名古屋名物の台湾ラーメンから生まれた「台湾まぜそば」も登場します。
名古屋市の「麺屋はなび高畑本店」で台湾ラーメンを作る時、作ったスープと台湾ミンチが合わず、仕方なく廃棄しようとしていました。
その時、麺と混ぜてみたらというアルバイトの一言から生まれたのが台湾まぜそばです。現在では新しい名古屋名物となっています。

2000年代になると、人気の店舗とコラボしたり企業が開発したりなど、袋麺やカップ麺、冷凍やチルドなど多くの油そば商品があります。
多摩地区で生まれ地域や学生たちに親しまれていた油そばは、全国に広まり、同じくスープのないまぜそばや台湾そばなど新しいメニューへと広がっていきました。
現在では日本のラーメン店の海外展開により海外でも多くのバリエーションで楽しまれています。

油そばの発祥の地マップ

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